先日、ある有名人の親子トラブルがニュースになっていました。娘さんがAIに相談したことをきっかけに、父親が逮捕されるという出来事だったそうです。
私は最初、「単なる親子喧嘩やないか」と思いました。「こんなことで逮捕となるなら、子育て中の親は皆大変やなぁ」と、そんなことを感じたんです。
けれども、妻は誰よりも子どもたちに愛情を注ぎ、手間暇をかけて育てています。愛情があるからこそ腹が立つ。子どももまた、愛されている安心があるからこそ反発する。親子とは難しいものです。
そして通報した娘さんも、お父さんが連行される姿を見て、「とんでもないことをしてしまった」と泣き崩れたそうです。
私はこの話を聞いて、阿闍世王子を思いました。浄土三部経に登場する実在したインドの王子様です。
阿闍世王子も、その時は「これが正しい」と思って行動しました。正義のためだと思い、父を殺し、母を殺そうとまでします。しかし後になって深く苦しむのです。
それはそうでしょう。自分という存在も、自分の立場も、すべて父や母の愛情の土台の上に成り立っていたものなのですから。
殺しの中でも親殺しが最も重い罪といわれるのは、そこに理由があるのかもしれません。
私たちもまた同じです。悪意があってではなくても、「これが正しい」と思って親に反発し、悪態をつき、後になって苦しんできたことがあるのではないでしょうか。
だからこそ念仏の教えは、他人を裁く前に、自分自身の愚かさを知らされる教えなのでしょう。
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