平素のお参りで必ずお勤めする『正信偈』は、「帰命無量寿如来」、すなわち南無阿弥陀仏の漢訳されたお念仏の言葉から始まります。
そして『正信偈』が終わり、お念仏が七遍入って和讃に入りますと、
「真実明に帰命せよ」
「大応供に帰命せよ」
「畢竟依に帰命せよ」
と、阿弥陀如来のさまざまなお徳を讃えながら、「阿弥陀に帰命せよ、帰命せよ」と、親鸞聖人より繰り返し呼びかけをいただいているのであります。
さらに、本願寺八代目ご門主・蓮如上人の和讃にも、「一心に帰命すれば」とあり、南無阿弥陀仏というお念仏のこころが、何度も何度も説かれております。
「帰命」という言葉は、ご覧の通り、「帰る」と「命」という字で成り立っています。
この場合の「命」は、命令の「命」です。
大河ドラマなどで、「勅命を賜る」「勅使が下る」といった言葉が出てまいりますが、その「命」と同じ意味です。そして「帰る」は、この場合、「従う」という意味になります。
つまり、「無量寿仏」、すなわち阿弥陀仏の勅命に従え、という呼びかけであり、「従います」という表明が、南無阿弥陀仏の内容であるといただくのであります。
ひと昔前、このようなお話を聞かれたある門徒さんが、こう言われました。
「阿弥陀様という方は、ずいぶん上からものを言われるんですね。私の命令に従えと言うのでしょう。私は上からものを言われるのは好かんき、従いたくない。私は私の思う通りに生きていきたい。」
それに対して、その時のご講師はこう応じられました。
「確かに、上からものを言っているように聞こえるかもしれませんね。しかし、もし阿弥陀様が、あなた自身の本心を代弁しておられるのだとしたら。あるいは、先に浄土へ還られた諸先輩方の本懐を言い当てておられるのだとしたら、思わず自然に頭が下がり、従わずにはおれないということが起こるのですよ。あなたの言われる通り、私たちは、仏や人に素直に頭を下げられるような身ではありませんからね。」
先日、三歳になる娘が、私に向かって、
「パパ、臭い。パパ臭い。出ていって。」
と言ってきました。
普段、人様から「臭いから出て行け」などと言われることはまずありませんので、「三歳児というのは面白いなあ。同じ空間にいながら、まったく別世界を生きているのだな。まったく別の価値観の中を生きているのだな」と、改めて感じたことでありました。
そこで私は、
「おとちゃんがそこまで言うんやったら、パパ出て行こうか。」
と、冗談半分に応じたのであります。
その日はちょうど飲み会があり、私がお寺に帰ったのは娘が寝た後でした。すると、夜になっても帰ってこない私を心配して、娘は妻に、
「パパ、おとちゃんが出て行けって言ったから、本当に出て行ったの?」
と尋ねていたそうです。
そして翌朝、起きてきた娘は、私のところへ近づいてきて、
「パパ、昨日は臭いって言ってごめんね。」
と謝ってきたのでありました。
しかしこれは、妻が、
「おとちゃん、パパにあんなことを言ってはいけないよ。明日ちゃんと謝りなさい。」
と教え込んだわけではありません。娘が自分で感じ、自発的に謝ってきたのであります。
私たちは普段、「人にひどいことを言ってはいけない」「人を傷つけてはいけない」と思いながら生活しています。
そしてそれは、親や先生、あるいは社会からそう教えられてきたからだ、学校で倫理や道徳を学んだからだ、と考えているかもしれません。もちろん、それもあるのでしょう。
しかし、それ以前の大前提として、私たちの命そのものが、
「人と人とが傷つけ合っていく在り方は痛ましい。
この人生を、ご縁として、その問題性を超えていかなくてはならない。」
という願いをもって、この世に生まれてきているのではないでしょうか。
けれども私たちは、世間の荒波にもまれる中で、
「そんなものは綺麗事だ。」
と、その願いを忘れ、打ち捨てて生きていきます。
その私たちに対して、阿弥陀様が、私たち自身の本心を代弁してくださっている。さらに、先に浄土へ還られた方々の本懐を言い当ててくださっている。
だからこそ、思わず五体投地して従わずにはおれない。帰命せずにはおれない、ということが起こるのではないでしょうか。
もっとも、「そうは言っても、人は死ぬまで傷つけ合うことをやめられないではないか」とも思います。けれども、それはもう、これまでの人生で十分に“実験済み”のことでありましょう。
しかし、その、つい傷つけ合ってしまう煩悩の姿を、如来の智慧の光によって詳らかに照らし出されるところにこそ、その問題を超えていく道が開かれてくる。
だからこそ、「帰命せよ、帰命せよ」と、何度も何度も呼びかけられるのであります。
それが、私たち自身、そして先に浄土へ還られた方々の本懐が満たされていく、「浄土往生の道」であると聞かせていただくのであります。
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