合掌の意味と亡き人を念ずるいのち
目次
1．手放す心と夜の寒さの大切さ
昨日の朝、伊田から香春へ向かう車の中で、朝日が差し込んでまいりました。真夏なら「今日も朝から照りつけて」と文句を言ってしまいそうですが、ここ二日間は厳しい冷え込みが続いていたため、その朝日を思わず手放しで喜んでおりました。
夜の暗闇と寒さの大切さと、手放しに喜べたという事に注目をしてしばらくお付き合いください。
2．父とのやり取りに見た「握りしめる心」
先々月、西念寺にて秋彼岸法要を勤めた日のことであります。朝早くから三軒の月参りを終え、お寺に戻ったのが法要開始の十五分前でした。慌ただしく衣体に着替え、五条袈裟を付けて本堂に向かいましたが、本堂に入りますと蝋燭の火は灯っておらず、線香も焚かれておらず、父は間衣のままでまだ着替えてもおりませんでした。その瞬間、「なぜお寺にいたのに用意をしてくれていないのか。私は朝早くから三軒も回ってきて大変であったのに」と怒りが込み上げてまいりました。
しかもエアコンは、私が設定していた温度より高く設定し直されておりました。「してほしいことはされておらず、してほしくないことばかりしているではないか」と心の中で不満が募っていきました。お勤めが始まりますと、案の定室温が高く、汗がじわじわと噴き出し、ご門徒の皆さまの前では平静を装いながら「南無不可思議光」とお勤めをしておりましたが、内心では「ほら見たことか、余計なことをするからだ」と苛立ちが止まりませんでした。
また、先日の御正忌報恩講の折にも同じような出来事がございました。当日、朝に一軒だけ月命日のお参りが残っており、他のご家庭は前日に済ませて「これで段取りは大丈夫」と思っておりました。しかし秋彼岸の際の件が尾を引き、「父はあてにならない、自分で全部準備するしかない」と考え、線香と蝋燭を事前に用意し、帰ってきて火を入れるだけにしておきました。ところが父が、「えーっ朝お参りがあるん？ なんで夕方に回してもらわんのや」とぼやくのであります。
たしかに私がいれば父は楽なのでしょう。けれども、「朝から大変やな。お疲れさん」と労いの言葉一つくらい掛けてくれてもよいのではないかと思いながら、「それでも坊さんか」と心の中で文句を言いつつ出かけていきました。
3．寒い夜と亡き人──愚かな心と「命の念」
しかし、合掌するところにおいて私は気づかされました。自分の良し悪しの心を絶対化して人を裁き、父を「悪」の側に置き、自分を「善」の側に立たせていたのは、他でもない私自身であったと。
茶碗の譬えが思い返されます。人様がお茶碗を割ったときは「茶碗を割ったな」と言う。しかし自分が割った時は「茶碗が割れた」と割れた茶碗に責任があるように無意識に表現する私たちだとよく寺本先生がお話してくれることです。
寒い夜があるからこそ朝日の有難さが仰げるように、亡き人を雑に扱ってきた愚かな心が見えてくるほど、申し訳なさと同時に、命は絶えず亡き人を拝んでいてくれていたという事実の有難さが浮かび上がってまいります。亡き人を大切にできなかったからこそ、なお深く「拝ませていただく」という思いが湧き起こってくる──そのことに打たれたのであります。
（「我らが身の罪悪の深きほどを知らず、如来の恩徳の高きことを知らずして迷える」真宗聖典六四〇頁）
4．合掌の意味──右手と左手が交わるところ
私たちは仏さまに向かって手を合わせ、合掌いたしますが、その意味について疑問を持たれたことはないでしょうか。仏教が起こったインドでは右手は良い手・清らな手、左手は悪い手・不浄な手と考えられております。食事をするときは良い手である右手を用い、人に触れるときも右手で触れます。一方、トイレの後始末は悪い手である左手で行います。このように、右手と左手を生活の中で厳密に使い分けるにもかかわらず、合掌のときだけは右手と左手を合わせるのです。これは「自分の良し悪しの眼で人や仏さまを見ません」という意思表示であると伝えられております。
5．合掌が起きている私
しかし、私たちに本当にそのような合掌の力が備わっているのでしょうか。残念ながら、勝ったか負けたか、得か損か──そんな物差しでしか、右か左かという眼でしか、亡き人や仏さまを見られないのが私たちの実際ではないでしょうか。
それにもかかわらず、亡き人に手を合わせたい、お弔いしたいという思いが湧いてくるのであります。それは私たちが念じているというよりも、むしろ命そのものが亡き人を念じている。その命の念のあらわれが、合掌という形にほかならないのでありましょう。
だから私は、私が合掌しているのではなく、合掌が起きている私なのだと気づかされました。
福岡県田川郡香春町真宗大谷派西念寺
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